僕だけがいない街、実写の感想。原作との違い、ネタバレあり。
藤原竜也と神木君だったら何のアニメの実写化でも許せるんじゃないか。
浅いオタク夫婦である我が家の見解です。
『僕だけがいない街』
去年、完結した原作を読みました。
もう散々出尽くした感のあるタイムリープ。
作品によって言葉は違えど、繰り返しによる解決を探るのは同じ。
『Re:ゼロ』『シュタゲ』『まどマギ』『ひぐらし』『アゲイン!』などなど。
『君の名は。』もそうか。
『僕だけがいない街』のあらすじ
ピザ屋で働きながら漫画家としてくすぶっている主人公・悟(さとる)が、
小学生の頃に近所で起こったある事件を解決するために人生を繰り返す物語です。
悟が日常生活で時折感じる違和感。
その状態になるとリバイバルが起きて、事件の発生を止めるまで同じ時間を何度も繰り返す事になります。
大型トラックの事故で子どもが犠牲になるのを止めた時、自分が事故に巻き込まれて入院。
一人暮らしをしていた家に悟の母がやって来て、身の回りの世話をしてくれることになりました。
2人でスーパーへ買い物に出かけると、またリバイバル。
違和感に気づけない母に「おかしなところが無いか」と助言を求めます。
そこで辺りを見回した母親は、少女が車で誘拐されようとする瞬間を目撃。犯人と目が合い、誘拐は未遂で終わりました。
何事も無かったかのように振る舞う母ですが、悟のいない間にある人物に連絡をし、「18年前の事件はまだ終わっていないかもしれない。」と伝えます。
その夜、帰宅した悟の目に飛び込んできたのは何者かに刺されて息絶えた母の姿。警察に電話しますが、自分が疑われる状況にあり家から逃走。警察官に追い詰められたところでリバイバル―18年前の、小学生の自分に戻る、というストーリーです。
感想
さて、原作では友達も含めて何人かの人生を救う事になる悟ですが、
実写映画だと2人しか救えません。(よね?)
特に広美が出てこないのは残念です…。
2回目のリバイバルから原作と大幅に話がずれていくんですが、
映画は映画でうまくまとめたな、と私は思いました。
そもそもこれを見たのが、テレビの放送を録画しているものだったんですが、
同居している義母が「藤原竜也のやつ面白かったよ、見れば。」と。
「ミッチー先生が犯人で藤原竜也は死んじゃった。」と!!
すげーネタバレをして去って行きました…。
原作を知ってるので犯人は良いんですけど、映画の結末まで知ってしまったらもう見るとこないやね、とトーチャンと苦笑いしたものの、息子が寝て暇だったので見ました。
子役が上手い!
そしてかわいい。
映画の方良い所は、冒頭に起きた、大人時代のリバイバルの2つの事件。
あれがきちんと意味のあるものとして回収されていた事です。
原作だと、悟が現代まで長い間目覚めないというまったく別の世界線(僕だけがいない街)になり、最初の状況には収束しないので、トラック暴走事故に出遭う場面は無かったと思うんですよね。(借りて読んだので確認できないんですが…)
だからあの子どもはどうなったのかな…ともやる。
映画だと悟は3度目でトラックの事故で入院しているところから目を覚ますので、事故に遭う子どもは助けた後なんだという事が分かります。
映画でよくわからないのは、小学生時代に先生を追い詰めて川に落とされた悟が、能力で現代に戻った為に回避されたような扱いになっている事です。せめて悟の母が、「あの時みたいに心配したよ」みたいな台詞を言ってくれれば良かったのですが。
悟が死んでしまうのは、タイトル回収の為の仕方ない力技かな(笑)
一応、悟の人生を愛梨に繋いだような描写で愛梨が出てきていた意味もあったし、雛月の子どもが生まれる事があの世界にとって最重要っぽいのは変わらない。
いっそ『ぼくまち』とかにしちゃえば良かったんじゃない、と。
死んじゃって涙のエンドというよりは、「死んだww」って笑ってしまうのは、藤原竜也だからか。
ネタバレが致命的なサスペンスSF、原作も終わるしアニメもやっている中で映画を2部構成にするわけにもいきませんものね。
オチを知っていても楽しめる映画でした。
主人公より、ミッチーのサイコパスな笑顔が印象に残ります。
これが原作なしの映画脚本であったなら「邦画きたな!」と思ったのに、これも漫画原作なんだよなぁ…。